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執筆者:橋本愛喜

物流が考えるべき「高齢者ドライバー」問題とは

2019年4月19日に池袋で発生した高齢者ドライバーによる事故。元々足が悪く、普段から杖を突いていたという87歳のドライバーが乗ったクルマは、凄まじいスピードで複数の交差点に進入。次々に人をはね、幼い子どもとその母親2名の命を一瞬にして奪い去った。会見を開いた遺族の男性の痛切な訴えは、クルマに乗り続ける多くの高齢者に「免許返納」を考えさせるきっかけになったはずだ。

世界屈指の長寿国である日本。平均寿命が84.2歳(男性81.1歳、女性87.1歳)にもなるこの「元気な国」で、大きな議論を巻き起こしている昨今の「高齢者ドライバー問題」は、国や業界が昨今推し進めている「ホワイト物流」推進運動にも、少なからず影響していくと予想される。

物流が考えるべき「高齢化」とは。高齢者ドライバーによる事故が起きる要因を掘り起こしながら考察していきたい。

高齢者が陥りやすい運転エラー

言わずもがな、現在のところ運転免許が取得できるのは18歳以上だ。社会的ルールや社会的責任に対する理解・遵守をほぼ一通り遂行できる歳だといえる。その一方、免許保持年齢には現在のところ上限がなく、90歳でも100歳でも、免許さえ持っていれば文句なく誰でもクルマに乗ることができるのだが、昨今の高齢者ドライバーによる事故で「上限を設けるべきなのでは」という声が高まるようになった。

しかし、ある程度同じ社会的環境を経て達する「学びの18歳」とは違い、「高齢者」というのは、定義が難しい。また、交通網が乏しく、過疎化が進んだ地方に住んでいると、交通手段もないのに助けてくれる若者も少ないという状況に陥っているため、高齢者にとって自家用車は都会以上に「貴重な足」となる。 つまるところ、現在「少子高齢化」や「過疎化」に突き進む日本においては、「〇歳になったから免許返納」という考え方では、「足代わり」にならざるを得ない「非高齢者」にシワ寄せがいったり、「引きこもり高齢者」が増加したりするなどし、根本的解決には至らないのである。

そもそも、高齢者ドライバーが引き起こしやすい「運転エラー」には、どのようなものがあるのか。

以下に、多発するケースを挙げてみよう。

1.脳機能の低下による迷走・逆走・暴走行為

昨今最も注目されているケースで、国も75歳以上のドライバーには免許更新時に「認知機能検査」の受検を義務付けるなどの対策を取っている。が、高齢者による迷走行為などは、認知症にならずとも「判断力」の衰えによって起こりやすくなる。「危ない」と判断できるまでに時間がかかればその分対処も遅れ、結果それが大きな事故に繋がるのだ。

2.筋力低下によるブレーキの緩踏み

高齢になると、どうしても避けられないのが「体力の衰え」だ。これによる事故も実際多発している。中でも多いのが「ブレーキの緩踏み」。とりわけ無意識の時、他のモノに気を取られている時、ブレーキの踏み込みが甘くなり、前に停車しているクルマにコツけたり、赤信号の横断歩道に侵入してしまったりする高齢者の話はよく耳にする。

こうした体力の衰えは、ある日突然こうした結果をもたらすため、当人にとっては「今までこんなことなかった」、「間違いなくブレーキは踏んでいた。クルマに異常があったに違いない」という意識が強くなるケースでもある。

3.関節が硬くなることによる踏み間違い

高齢者の中には、現代の高性能なクルマに慣れている若者と違い、バックモニターなどに頼らず、昔の習慣から「直接目視して確認」することを重視する傾向があり、体をひねって車両のサイドや後方を振り返る人が比較的多い。高齢化により体の関節が硬くなると、その際、足首が体と一緒に動いてしまい、ブレーキに置いたはずの足が知らぬ間にアクセル移動してしまうケースが発生するのだ。

こうした関節の硬さによる踏み間違いは、目視時のほか、コインパーキングでの支払い時にもよく起きる。レンジを「P」に入れず、フットブレーキだけ踏んだ状態にして出庫時の精算作業をしていると、届きそうでなかなか届かない精算機に気を取られ、足を踏み外したり踏み直した先がアクセルだったりしてしまうのだ。

どんなに運転に自信があっても、歳を重ねれば、体力的衰えは必ず生じる。同時に、皮肉にも人間は高齢になると頑固になる傾向があり、その体力の衰えを受け入れようとしなくなることがある。

こうした高齢者ドライバーの特徴を周囲がいち早く察知し、彼らのプライドを守りながら、運転に留意するよう促すことが1つの事故防止対策にもなる。

ホワイト物流推進運動とトラック運転手の高齢化問題

そんなドライバーの高齢化は、昨今、国や業界を挙げて認知を広めようとしている「ホワイト物流」推進運動にも、今後大きく関係してくるだろう。周知の通り、現在業界は深刻なドライバー不足に陥っており、定年退職したドライバーを再雇用するケースも増えつつある。そんな中、同運動はその取り組みの一環として、「60代以上の運転者等も働きやすい「ホワイト」な労働環境の実現」を盛り込んだ。

「『ホワイト物流』推進運動に関する中央説明会用資料」によると、トラックドライバーの平均年齢は全産業の平均年齢よりずいぶん高い。中でも45歳~59歳が占める率は16%も多く、若い働き手が増えなければ、このまま業界の平均年齢は上がり続けるばかりだ。

その一つの解決策として、昨今顕著なのが、「ATトラック」や「AMTトラック」の開発・導入である。

現在、運送企業には、雇用範囲を女性や高齢者に広げるべく、彼らでも安心してクルマを運転できるよう、比較的安易に操作できるAT車やAMT車を採用するところが増加しており、そんな企業の要望を受ける形でメーカーもAT・AMTトラックの開発・販売を活発化させている。こうした動きはここ数年特に活発化しており、中には、社内で保有している全てのMT車をAT車に変えた運送企業もあるほどだ。

そこでどうしても懸念されるのが、「トラックによるアクセルとブレーキの踏み間違い事故の増加」である。

トラックとバスという車両の違いこそあれ、AT大型車による交通死亡事故として記憶に新しいのは、池袋事故の翌日に発生した神戸市の三ノ宮駅前で起きたバスによる事故だろう。

乗客を降ろした直後、バスが信号を無視して交差点に進入し、2名が犠牲になった同事故。バスドライバーは、定年退職後に再雇用された64歳で、「アクセルとブレーキを踏み間違えたかもしれない」と供述しているという。

事故時の映像を見るに、池袋の事故とは違ってスピードはそれほど出ていない。それでも死者が出たのは、大型車だったからという感が否めず、そもそも、もしあのバスがMT車だったら、あの事故は絶対に起きなかったはずなのだ。

昨今のこうした重大事故の多発により、「高齢者はMT車に乗るべきだ」という風潮も強まる中、ATトラックを増そうとする物流業界では、企業による定期的な研修や社員教育が必須になってくるだろう。

働きやすさを追求した結果、事故が増えてしまっては元も子もない。物流をホワイトにするためには、「交通安全面へのケア」も忘れてはならないのである。

著者プロフィール / 橋本愛喜

フリーライター。大学卒業後、製造業界で職人育成や品質管理などに従事。2009年、ニューヨークに拠点を移す。某局内で報道の現場に身を置く傍ら、マイノリティにフィーチャーしたドキュメンタリー記事の執筆を開始。現在は製造・物流・運送業界・労働問題・国際文化差異・国際情勢など、幅広く執筆中。

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