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執筆者:橋本愛喜

トラックドライバーの労働環境改善へ向けた取り組み 「ホワイト物流」推進運動とは

EC業界の急成長や少子高齢化が日本の経済のカタチを変えつつある昨今。数ある業種の中でも物流業界は、とりわけ大きな影響を受けている業種の1つである。

周知の通り、現在、物流業界の人手不足は、大変深刻な状況にある。

某配送業者大手企業のドライバーが荷物を投げつけている動画が拡散したのは、2016年の年末。
彼の行動は、「物流マン」以前に「人」として決して犯してはならない行為ではあったが、彼ら第一線の過酷さをあれほど分かりやすく世間に示した事例は、他にない。

こうした第一線の過酷な労働環境に対し、国土交通省がこのほど安定的な物流を目指して掲げたのが、「ホワイト物流」推進運動だ。

改善待ったなしの物流の現状を、この運動はどう変えていこうとしているのか。現場で起きている問題を紹介しながら、その内容や取り組みを見ていきたい。

ロジスティクス の現状

既述の通り、EC業界が急成長などで物流の需要が拡大している一方、荷物を運ぶトラックドライバーたちの数は、全く足りていない状況だ。

各物流事業者も様々な工夫を凝らし、人材確保に尽力するが、実際に確保できている業界全体のドライバー数は、世間の需要に全く追いついていない。

トラックや荷物はあるのに、それを運ぶ「人」がいない。そんな危機的な状況は、数字でも顕著に表れている。

『ホワイト物流』推進運動に関する中央説明会用資料」によると、平成30年12月現在での物流業界における有効求人倍率は、3.03倍。全職業の倍率が1.57倍であることに鑑みると、その人手不足の深刻さがよく分かる。

業界全体がこうした状況に陥っているのには、ある要因が大きく関係している。いわずもがな、彼らの「労働環境の悪さ」だ。
もっと言えば、「“顧客第一主義”に起因する労働環境の悪さ」が、トラックドライバーという職業への興味や憧れを削いでいると言っていい。

「延着」だけでなく「早着」すら許されない状況下、大手荷主へ搬入する場合、「近所迷惑になる」との理由から、ドライバーは周辺界隈での待機が許されないことが多く、最寄りの高速道路のサービスエリアやコンビニの駐車場では、毎度「同業者」との駐車スペースの取り合いが繰り広げられる。

工場等で荷物の準備ができあがるのを待つ「荷待ち」や荷卸しの順番待ちで発生する構内での待機時は、いつ呼ばれるとも分からない中、エンジンを切った車内でスタンバイしていなければならず、夏場は熱中症になるドライバーも少なくない。

待機時間の平均は1時間45分。中には3時間以上待たされるドライバーもいるが、その待ち時間を「休憩時間」とみなし、業務としてカウントしない事業者も未だに多い。

働き方改革が叫ばれて久しいが、こうした待機や交通渋滞などにより、「不安定な時間拘束」に直面するトラックドライバーの労働時間は、他業種に比べると必然的に長くなるのだ。

また、無駄な空間ができやすい「パレット積み」を嫌う荷主の要望に応える形で、未だに「バラ積み」(手でひとつひとつ荷物を積み卸しする作業)が頻繁に行われている実態も見過ごせない。

10kgのケースをドライバー1人で1,000ケース以上トラックに荷積み。長距離運転した先で、再度荷卸しすると、自分の仕事はもはや「ドライバー」なのか「荷積み屋」なのか分からなくなる。

一方、現状、全体の2.5%しか存在していない「女性ドライバー」においては、こうした長距離・肉体労働以外の「軽荷物の地場配送」枠で採用を期待する事業者が多いものの、男性目線で作られる「女性の働きやすい現場」のイメージと、女性ドライバー自身が実際必要とする環境の差があまりにも大きく、なかなか思うように女性率も伸びていない。

さらに、トラックドライバーの労働環境の悪さには、こうした企業間のものだけでなく、社会的理解の低さや、日本の「客は神である」という国民感覚もが影響しているという現状もある。

世界でもトップクラスである日本の物流の質と、この「“客は神”精神」によって、企業間の物流のみならず、ラストワンマイルの先にいるエンドユーザーからも、「荷物は指定時間帯に届き、不在時には再配達される」ことが、ごく当然のこととして認識されている。

1分遅れるのはもちろんのこと、「7時から9時の時間指定」で「7時1分」に届けるだけでも「空気が読めていない」と、クレームになるほどだ。

また、日本特有である中元・歳暮の授受文化や、新生活に向けた春先の引越しピークにより、各繁忙期は、ドライバーだけでなく業界全体が多いに混乱する。冒頭の「配送員の荷物投げ」が起きたのも、歳暮のシーズンだった。

しかし、こうした物流側の事情は、やはり「プロなんだから客の要望に応えるのは当然」、「こちらは金を払っているんだから」と一蹴されるばかりで、なかなか分かってもらえない現状があるのである。

「ホワイト物流」推進運動とは

そんな中、このほど掲げられた「ホワイト物流」推進運動は、物流業界の長時間労働を抑制することで、国民や産業活動に安定した物流を確保するべく立ち上げられた。

同運動の主な柱と位置付けられているのは、「トラック輸送の生産性の向上や物流の効率化」と「女性や60代以上の運転者等も働きやすい、よりホワイトな労働環境の実現」。

どちらも、上記のような現場の問題をしっかり捉えられている内容といえるだろう。

同運動は元々、2018年5月に掲げられた「自動車運送事業の働き方改革に向けた政府行動計画」の一環として構想。同計画の重点施策として位置付けられており、2024年に予定されている「トラックドライバーの時間外労働(960時間)の上限規制」の適用に向けた重要な足掛かりとなっている。

現在、国土交通省、経済産業省、農林水産省では、同運動の「自主行動宣言」の必須項目への合意と賛同を表明する企業を募集しており、2019年4月には、社会的影響の大きい上場会社や各都道府県の主要企業など計約6,300社の代表者に、「ホワイト物流」推進運動への参加を要請した。同運動へ参加した企業は、のちに公表される予定だ。

同運動への参加による効果は、「業界の商慣行や業務プロセスの見直しによる生産性の向上」、「物流の効率化による二酸化炭素排出量の削減」、「事業活動に必要な物流の安定性」、「企業の社会的責任の遂行」などが見込まれている。

一方、こうした物流業界改善に対する協力要請は、これら企業だけでなく、ラストワンマイルの先にいるエンドユーザーにおいても行われる予定で、主に「再配達の回避」や「宅配ボックスや営業所の利用」、「コンビニ受け取りの検討」、「ECなどでのまとめ買いの検討」、「日曜集荷廃止などにおける理解」などを呼びかけていく方針だ。

運動を広めるために必要なこと

古くから物流の現場に根付いている荷主主体の商習慣や、日本に標準化している超高品質の物流サービスが存在する中、同運動に賛同してもらうのは容易なことではないかもしれない。特に、企業規模上、社会的責任よりも現状の業務を回すことを優先せざるを得ない中小企業においては、尚更のことだろう。

しかし、第一線で日々モノを運んでいるドライバーは、まさに「国の血液」である。彼らが止まれば、経済も止まる。

各企業がそれぞれの事情のみを考えるのではなく、企業や業種を超え一体となって「ホワイト物流」を遂行していかなければ、日本の物流は改善できないところまできているのだ。

参考:運送業界向けオンラインマガジン|トラッカーズマガジン

著者プロフィール / 橋本愛喜

フリーライター。大学卒業後、製造業界で職人育成や品質管理などに従事。2009年、ニューヨークに拠点を移す。某局内で報道の現場に身を置く傍ら、マイノリティにフィーチャーしたドキュメンタリー記事の執筆を開始。現在は製造・物流・運送業界・労働問題・国際文化差異・国際情勢など、幅広く執筆中。

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